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菊之助が掉尾の一振ともいうべきものは

菊之助が掉尾の一振ともいうべきものは、明治三十年二月の歌舞伎座で勤めた「関の扉」の小町姫であった。
団十郎の関兵衛、菊五郎の墨染、染五郎の宗貞で、この浄瑠璃一幕が素晴らしい人気を呼んだのであるが、団十郎の関兵衛に対して菊之助の小町は殆んど遜色のない出来であるというので、好劇家は異口同音に賞讃した。団十郎も楽屋で褒めたそうである。かれは菊五郎の仕込みだけに、舞踊の素養も十分であった。しかも彼はそれから間もなく病床の人となって、その年の六月末に短かい生涯を終った。年は新蔵よりも少し若かったらしい。彼は我が子を俳優にしてくれるなと遺言したという事である。  新蔵といい、菊之助といい、いずれも秀でて実らざるもの、殊に哀惜の感が深い。菊之助は我が子に父の職業を継がせるなと言った。新蔵の弟子たちは廃業した。これらの消息は何を語っているか。われわれは華やかな俳優生活の表面ばかりを眺めてはいられないような気がする。 http://beauty.hotpepper.jp/slnH000241433/

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