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娯楽機関の少ない江戸以来の東京人は

今日と違って、娯楽機関の少ない江戸以来の東京人は、芝居と寄席を普通の保養場所と心得ていた。
殊に交通機関は発達せず、電車もバスも円タクも無く、わずかに下町の大通りに鉄道馬車が開通しているに過ぎない時代にあっては、日が暮れてから滅多に銀座や浅草まで出かけるわけには行かない。まずは近所の夜見世か縁日ぐらいを散歩するにとどまっていた。その人々に取っては、寄席が唯一の保養場所であった。  自宅に居ても退屈、さりとて近所の家々を毎晩訪問するのも気の毒、殊に雨でも降る晩には夜見世のそぞろ歩きも出来ない。こんな晩には寄席へでも行くのほかは無い。寄席は劇場と違って、市内各区に幾軒も散在していて、めいめいの自宅から余り遠くないから、往復も便利である。木戸銭も廉い。それで一夜を楽しんで来られるのであるから、みんな寄席へ出かけて行く。今日の寄席がとかくに不振の状態にあるのは、その内容いかんよりも、映画その他の娯楽機関が増加したのと、交通機関が発達した為であると思う。実際、明治時代の一夜を楽しむには、近所の寄席へでも行くのほかは無かったのである。 CSR 鼻薬を嗅がせる ?

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