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仮りにも天下の力士たるものに

仮りにも天下の力士たるものに、両手をついて謝らせて、相手も胸が晴れたであろう。
刀は船頭の手から無事に戻された。由兵衛はその船頭に相当の祝儀をやって別れた。 「まあ、そう云うわけで……」と、徳次は話しつづけた。「わたしも傍《そば》に見ていたのですが、相手がお武家だからどうすることも出来ません。相撲取りの腰に差しているのだから、おおかた屋敷の拝領物だろうと見当を付けて、手っ取り早く引ったくってしまうなんて、なかなか喧嘩馴れているのだから敵《かな》いません」 「だが、万力という奴も愛嬌がねえ。なぜ最初に挨拶をしなかったのだ。それじゃあ怒られても仕方があるめえ」と、松吉が喙《くち》を容れた。 「それがねえ。松さん」と、徳次は更に説明した。「万力も礼儀も知らねえ男じゃあねえのだが、ちょいと面白くねえ事があって……。と云うのは、伊勢屋の旦那のお馴染のお俊がその客の船に乗り合わせていたので……。そりゃあ芸者稼業をしている以上は、どんな客と一緒に乗っていようと、別に不思議はねえ理窟ですが、万力にしてみると、自分の旦那のなじみの女がほかの客の船に乗っている。それがなんだか癪にさわったので……。勿論、癪にさわる方が悪いのだが、根が正直で一本気の男だから、つい癪にさわって無愛想になったようなわけで、当人だって真逆《まさか》にこんな事になろうとは思わなかったのでしょう。なにしろ相手の素早いには驚きましたよ」個別指導 早慶個別スクール 塾長ブログ

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