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菊之助はその女とひそかに

その後、菊之助はその女とひそかに音信を通じていたか、あるいは全然絶縁したか、またその女はどうなったか、
わたしはなんにも聞かないのであるが、そういう事情を耳にして彼の舞台を観ているせいか、その舞台の姿には一種の暗い影が付き纏っているようにも見えた。彼はなんとなく寂しい俳優であった。柄はいいのであるが、調子が悪いのと舞台が寂しいのとで、その後一、二年はやはり花々しいこともなかった。勿論、養父のひかりで相応の役を勤めてはいたが、一般の観客から言えばまず有っても無くてもいいような俳優と見なされていた。それが一人前の俳優として、菊五郎の一座には無くてならない一人のように認められることになったのは、二十五年の盆興行に歌舞伎座の「牡丹灯籠」で萩原新三郎を勤めた時からである。その新三郎はひどく評判がよかった。そのほかに関口屋の下女おますというのを勤めて、女房の死霊がそれに乗りうつって主人の伴蔵を呪うところが凄く出来た。  それで張合いが出たのか、あるいはかれの技芸に一転機を劃したのか、その後の菊之助は興行ごとに評判がよくなった。翌二十六年の歌舞伎座三月興行に「黒手組助六」の牛若伝次をつとめた時などは、いつもの悪い調子ながら啖呵が切れて滅法いいという評判であった。こうして彼は前途有望の青年俳優にかぞえられて、和事師や女形を得意としていたが、それでもかの新蔵などとは正反対で、その舞台はいつも暗い寂しいような感じをあたえた。彼はこのごろ多病であるという噂も伝えられた。 浦安 歯科 情けの酒より酒屋の酒

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