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『ハツハヽヽ。』と信吾は事も無げに笑つた

『ハツハヽヽ。』と信吾は事も無げに笑つた。『だが何かね? 昌作さんはバイロンの詩を何れ/\読んだの?』
 昌作の太い眉毛が、痙攣ける様にピリリと動いた。山内は臆病らしく二人を見てゐる。
『読まなくちや為様が無い!』と嘲る様に対手の顔を見て、
『読まなくちや崇拝もない。何処を崇拝するんです?』と揶揄ふ様な調子になる。
『信吾や。』と隣の室からお柳が呼んだ。
『富江さんが来たよ。』
 昌作はヂロリと其方を見た。そして信吾が山内に挨拶して出てゆくと、不快な冷笑を憚りもなく顔に出して、自暴に麦煎餅を頬張つた。
 次の間にはお柳が不平相な顔をして立つてゐて、信吾の顔を見るや否や、
『何だねお前、那奴等の対手になつてさ! 九月になれや何処かの学校へ代用教員に遣るツて、阿父様が然言つてるんだから、あんなにや構はずにお置きよ。お前の方が愚物になるぢやないか!』と、険のある眼を一汐険しくして譴める様に言つた。
 彼方の室からは子供らの笑声に交つて、富江の噪いだ声が響いた。
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