2012年06月16日 23:20:34
前髪がふっくり揺れて…差俯向く。
「本望どすな。」
と莞爾して、急に上げた瓜核顔が、差向いに軽く仰向いた、眉の和やかさを見た目には、擬宝珠が花の雲に乗り、霞がほんのりと縁を包んで、欄干が遠く見えてぼうとなった。その霞に浮いて、ただ御堂の白い中に、未開紅なる唇が夜露を含んで咲こうとする。……
「あれえ。」
声を絞ると、擬宝珠の上に、円髷が空ざまに振られつつ、
「蛇が、蛇が。」
「何、蛇が。」
「赤い蛇が。」
赤い蛇は、褄の乱れた、きみの裾のほかにあるものか。
「膝が震えて、足が縮む……動けば落ちようし、どないしよう。」
と欄干に、わなわな。
「今時蛇が、こんな処へ。……不忍の池には白いのがいるというが。」
と、わざと落着いたが、足もとはうろつきながら、外套の袖で、背後状にお絹を囲った。
「額の、額の。」
ああ、幽に見ゆる観世音の額の金色と、中を劃って、霞の畳まる、横広い一面の額の隙間から、一条たらりと下っていた。
「紐だ、紐ですよ。何かの。」
勇を示して、示しついでに、ぐい、と引くと、
「あれ、……白い顔。」
声とともに、くなりと膝をついたお絹が、背後から腰につかまった。
コメント